子ども近視の増加と重症化は世界的な問題となっており、さまざまな近視の進行予防方法が検討されています。
一方で、日本における近視の進行抑制を謳う治療法には、明確なエビデンスやコンセンサスが得られていない治療法が多くあります。
近視進行予防治療やサプリなどが販売されておりますが、現時点で有効性と安全性が十分なデータによって示されている治療法は限られています。
目の運動やストレッチにより近視の進行を抑制できるというエビデンスはありません。
以下に有効性・安全性が示されている5つの治療についてお示しします。
- 1)低濃度アトロピン点眼による予防
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世界的に最も広く行われている治療です。
アトロピン点眼は、毛様体筋の調節を麻痺させて、瞳を大きく広げる効果がある目薬で、小児の斜視や弱視の診断や治療に頻繁に使われているものです。
アトロピン点眼には近視進行を抑制する強力な効果があることが判っています。
しかし1%アトロピン点眼(通常の濃度)は、副作用として強い眩しさや近くを見たときのぼやけがあるため、長期に使用することは困難でした。
また治療を中断したあとに、リバウンドが生じで近視の進行が早くなることも大きな問題でした。
しかしシンガポールの研究で、100倍に濃度を希釈した0.01%アトロピン点眼であっても点眼を行わない場合に比べて屈折値で60%近い抑制効果があること、さらに点眼を中止した後もリバウンドが生じず、効果が持続することが示されました。しかも低濃度アトロピン点眼は濃度が低いため副作用がほとんどありません。
1日1回夜寝る前に点眼するだけでよく、手間もそれほどかかりません。しかし人によって効果が異なり、あまり反応しない子どももいます。また近視進行の本態である眼軸長の伸展抑制効果に関しては、屈折値ほどの十分な抑制効果が示されておりません。
現在、日本や海外で更なる研究が進められており、低濃度点眼の中でも、より濃度の高い0.025%や0.05%点眼の有効性や安全性も検討されております。
これらの使用方法が明確になれば、一般の診療でも用いられる可能性があります。
- 2)オルソケラトロジーによる予防
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オルソケラトロジーは、カーブの弱いハードコンタクトレンズを睡眠時に装着して一時的に角膜の形状を平らにし、焦点を後方にずらすことで眼鏡やコンタクトなしで、良好な裸眼視力を得ようとする屈折矯正法です。
レンズを外しても一定時間はその形状が続くので、日中は裸眼で過ごすといったことが可能になります。しかし圧迫できる角膜の上皮には限界があるため、矯正量はガイドラインでは4ジオプトリーまでとなっております。
オルソケラトロジーは、近視の矯正が得られるだけでなく、眼軸の延長が抑制される(通常の眼鏡やコンタクトレンズ比で平均30~60%の抑制効果)ことが多くの研究により示されており、10年を超える有効性と安全性の報告もあることから、比較的信頼性の高い治療法と言えます。
レーシックと異なり手術を伴わないので心理的・身体的に負担が少なく、いつでも治療を中断することができます。
また夜間に大人の管理のもとで装用できることから、年齢の低い子どもで、確実な近視進行抑制効果を得たい場合に選択されることが多くあります。
欠点としては、自由診療のため、初期に費用がかさむこと、ハードコンタクトの装用に抵抗がある場合は、装用が困難なことがあげられます。
また使い捨てのレンズではなく、角膜を圧迫することから、適切な処方や管理を怠ると角膜感染症など失明につながる重篤な合併症を起こすこともあります。
常に大人の管理の元で、ガイドラインを遵守して使用することとなっています。
- 3)多焦点ソフトコンタクトレンズによる予防
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多焦点ソフトコンタクトレンズは、一般的に遠用の球面度数に近用の加入度数が付加された老視矯正のための遠近両用コンタクトレンズとして知られております。
海外では各社が様々なデザインの多焦点ソフトコンタクトレンズを子どもの近視進行抑制のために開発しており、オルソケラトロジーに匹敵する有効性が示されはじめております。
しかしオルソケラトロジーと比べて負担が少なく、刺激が少ないため装用しやすいこと、また、使い捨てコンタクトに代表されるように、衛生面での管理が比較的容易なことから、国によっては、子どもの近視進行抑制のために使用される頻度は、低濃度アトロピン点眼やオルソケラトロジーを凌いでおります。
しかし日中に装用するため、ゴミが入った時などに、自分で取り外すといった自己管理が可能な年齢になるまでは、使用できないため、比較的年齢が高い小児が対象となります。
- 4)特殊な眼鏡による予防
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海外では、周辺部の網膜に網膜の手前でピントが合う光をたくさん作用させたり、周辺部の網膜のコントラストを下げることで、近視進行を抑制しようとする眼鏡が販売されております。
2020年ごろから海外で販売されるようになった、これらの新しいタイプの近視進行抑制眼鏡は、低濃度アトロピン点眼やオルソケラトロジー、多焦点ソフトコンタクトレンズと同様に、眼軸の延長が通常の眼鏡やコンタクトレンズ比で平均50~60%抑制されることが報告されはじめております。
眼鏡による治療であればより小さな子供でも簡単に可能であり、さらにコンタクトレンズや薬物療法と比較して、副作用がほとんど、またはまったくありません。
しかし日本でこれらの新しい眼鏡を使用できるようになるには治験を行う必要があるため、現時点では使用できません。
これより以前の研究で用いられた方法には、『累進屈折力レンズ眼鏡』を使用して、近くを見るときの調節力を軽減させ、網膜の中心部における焦点ボケを防ぐことで、眼軸の延長を抑制する方法があります。
「累進屈折力レンズ眼鏡」は、通常の眼鏡やコンタクトレンズに比べて平均10~20%の近視の進行を抑制することが判っており、この眼鏡であれば日本でも使用が可能です。
しかし、効果が小さいことや、眼鏡の位置調整などに常に注意が必要なため、一般の眼科ではあまり推奨されていません。
- 5)レッドライト治療法(red light therapy)
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近年、近視研究者らの関心を最も集めているのが、レッドライト治療法(red light therapy)と呼ばれる治療方法です。
2014年に偶発的に、中国において長波長の650nmの赤色光が、過剰な眼軸延長を抑制する効果を有することが発見されていました。
以降、中国国内では、このレッドライトに対するヒトでの近視進行予防効果の報告が集積されておりました。
2021年のアメリカ眼科学会雑誌に、レッドライト治療法の近視進行予防効果が発表されてからは、世界中で大きな話題となっています。
さらに長期的な検討も必要ですが、この治療で用いられる低出力の赤色光は、いわゆる可視光です。
中国では弱視治療に長年安全に使用されてきた実績がありますが、最近1例に網膜障害が生じた報告があることから、治療に関しては専門医による慎重な判断が必要です。
実施方法は非常に簡便で、たった1回3分、1日2回、可視光である650nmの赤色光を覗き込むことだけです。
治療を75%以上守ってきちんと実施してくれたコンプライアンスが良好な群のみを抽出した場合、その近視進行予防効果は実に90%近いものであった、と驚くべき報告がなされております。
さらに現在、近視発症前の子供に対するレッドライトの近視発症予防効果、ほかの治療との併用効果、一度伸びた眼軸を短くできるか(近視の改善効果)などを調査する大規模な比較試験が進行しており世界中の研究者が結果を待っているところです。
以上のように、子どもの近視の進行に対しては、いくつかの予防治療が検討されており、ヒトで実際に研究を行ってみたところ、十分な効果が示された治療もあります。
海外ではこれらの治療は、子どもの近視進行抑制治療として認可承認を受けはじめております。しかし日本では今のところ、どの治療方法も認可承認を受けておりません。
日本ではこれら以外のさまざまな試みや動物実験での仮説が提案されていますが、いずれも人間が使う上でのエビデンス(信頼性や安全性)は確かではありません。
いずれの方法でも、その効果と安全性については、今後さらに長期的かつ大規模な臨床研究を行って確認する必要があります。
- 参考文献
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- 所 敬、大野京子.近視:基礎と臨床.金原出版、2012年
- 所 敬.屈折異常とその矯正.第6版.金原出版、2014年
- 学童の近視予防アップデート.稗田 牧、木下 茂 編、あたらしい眼科 33 (10)、2016年
- こどもの近視進行予防.不二門 尚 編、眼科グラフィック 5 (2)、2016年